サヨナラ中国球迷
2004年アジアカップ決勝 中国vs日本 8月7日


◆中国 1−3 日本
得点:
22分 福西
31分 李明
65分 中田
92分 玉田


<中国代表メンバー>
1劉雲飛
3孫祥、4張、5鄭智、12魏新、21李明
6しょう佳一、15肇俊哲、22閻嵩、
9[赤β]海東、29李金羽

 監督:アリーハーン

 交代:
 57分 9[赤β]海東→11李毅
 68分 22閻嵩→7孫継海
 76分 29李金羽→13徐雲龍



<日本代表メンバー>
23川口能活
3田中誠、5宮本恒靖、22中澤佑二
21加地亮、6中田浩二、15福西崇史、14三都主、10中村俊輔
11鈴木隆行、20玉田圭司

 監督:ジーコ






地下鉄の駅で見かけた中国サポ




地下鉄駅からスタジアムまで、国旗などの売り子が大量に出没




中国球迷。写真を撮らせてくれた球迷は、おそらく私を中国人だと思ったのだろう。




”死んでも勝つ”という意味だそうだ




チケのない中国球迷




寄せ書き。ほとんどいたずら書きのようになっていた




入り口でフラッグの棒やペットボトルを回収。といっても自己申告で手荷物検査はなかった。









以礼待客。スタンドの客はこの言葉の意味がわからないらしい。









隣にいた外人サポ。




大使館の人は、バスの手配に奔走していた。




日本人を1箇所に誘導する張り紙。試合終了後に気がついた。




軟禁から開放された日本サポ。お疲れです。




関係ないが、人間のホルマリン漬け(自然博物館)


まさか、こんなことになるとは思わなかった。
夏休みの北京旅行+アジアカップ観戦を計画したとき、もし決勝で日本か中国が見られればいいな、くらいにしか思っていなかった。
そもそもアジアカップは、日本での注目度は低く、2軍を送って適当にやっとけ的な、その程度の存在でしかなかったはずだった。
まさか、ホスト国の中国が、ここまでこの大会へのタイトル奪取に命を懸けていたとは、まさかここまで見境なく大会を盛り上げようとするとは、本当に夢にも思っていなかったのだ。

ユルい雰囲気で重慶に乗り込んだ日本。そこへ突如浴びせられた”反日感情”に、日本人は驚き、困惑した。中国人の日本に対するブーイングや野次は、すぐに国際問題に発展したが、それでも反日感情は一向に収まる気配を見せない。
この不条理な中国側の態度に、日本でも反中感情が爆発。試合のことはそっちのけで、毎日毎日中国での反日感情について新聞やテレビで報道され、ついに政治家まで出てきて暴言を吐いたり、”遺憾の意”を表明するなど、収拾がつかなくなっていった。
アジアカップって、サッカーの大会じゃなかったっけ・・・??
北京へ何しに行くのかわからなくなった私は、いっそ行くのをやめようかとも思った。
しかし、もう飛行機のキャンセル料が100%掛かってしまうこと、そして、中国で何が起こっているのか、少しでも自分の目で確認したいこともあって、憂鬱な気持ちで5日に出発した。

試合のチケットは、もともと中国にしては高額だったこともあり、急がなくても何とかなるだろうと思っていた。ところが、日中戦という、いろいろな意味で出来すぎのカードとなった決勝は、北京でも高騰。どうなることかと思ったが、大連在住の方が手配してくれて、ようやく手に入れることが出来た。

6日、3位決定戦が行われている工人スタジアムへ行ってみた。
翌日はここで決勝が行われる。この日スタンドはガラガラだったが、スタジアムの外では大勢のダフ屋が商売にはげんでいた。
私が日本人だとわかると、大勢寄ってきた。売りつけてくるのはもちろん決勝のチケット。200元のチケが600元、800元のチケは1500元と、かなり高騰している。
ダフ屋のひとりに明日のスコア予想を聞くと、スコアはわからないが、間違いなく中国が勝つという、”小日本”に負けるわけがない、”小日本””小日本”と連発する。

7日、決勝当日。
前日、暗い中道に迷ってしまい、あちこち歩き回ったせいか、起きてみると、右足が異様に痛い。ただでさえ行きたくないのに、ますます行く気がしなくなる。
正直、命がけで観戦するほどの試合だろうか? サッカーとまるで関係ない政治的な話に、なぜこんなに振り回されなければならないのか、中国が好きで訪ねてきているのに、なぜ”小日本”呼ばわりされなけらばならないのか。
バカバカしくなってくる。

地下鉄東四十条駅から歩いて10分ほどのところに、工人体育場はある。
駅に着いたのはキックオフ1時間前の午後7時ごろ。
駅からスタジアムまでの道すじは、中国の国旗やチアホーン、代表のユニがそこらじゅうで売られている。
途中、何人かの中国球迷に写真を撮らせてほしいと頼んだところ、露骨な敵意むき出しの目でにらまれた。
・・・全く怖くないのだが。
こっちはもう10年以上も好きなサッカーを追いかけている。ロクにサッカーを見てないガキどもに、甘く見られる筋合いはない。
その後は、手振りだけで写真を撮らせてほしいと頼むようにした。これが意外とうまくいった。しゃべらなければ日本人だとわからないようだ。

日本人は、一か所に集められると聞いていたのだが、どこで観戦するのかわからない。
しかもスタジアムの周りは照明も暗く、ほとんど何も見えないので、そのままチケットに書かれた席へ着いた。
この期に及んで、「中に入れば日本人もたくさんいるだろう」と気楽に考えていたのだが、とんでもない状況だった。
バックスタンド中央の2階席1列目。位置的には、最高の観戦ができるはずの席だった。
「小日本!シャービー!!」
残念ながら、見たところ周囲に日本人はひとりもいなかった。試合開始前から、中国人たちが口汚い野次を飛ばしまくっている。
君が代が流れれば「座ろうぜ!座ろうぜ!」と着席し、ブーイングに激しい野次。
思えば北京に来て聞いた言葉は、暴言ばかりだったような気がする。それはもうホント、うんざりするほどに。

02年にW杯の韓国戦を観戦したが、そのときとはまったく雰囲気が違う。
韓国戦は、こういう殺気を感じなかった。むしろ、基本的にはまったりモードで観戦している人が多かった。
しかし、この試合の中国人は違った。中国国歌が流れたとき、後ろを振り向いてみてギョッとした。彼らの目は、完全にイッている。大声で国歌を熱唱する彼らの目は、ほとんどカルト宗教の信者のようだ。 どうひいき目に見ても、サッカーを見に来たようには見えない。彼らはどう見てもサッカーファンではない。 ただ単に幼稚な”愛国心”を煽られて、熱くなってしまっている小市民だ。
中国政府は、反日感情についていろいろ理由付けをしていたが、何が歴史認識の相違だ。笑わせないでもらいたい。 おそらくここにいた中国人は、歴史なんかロクに知らないヤツでも、君が代に野次を飛ばしていただろう。
実際、私の後ろには小学校低学年くらいの子どもがいたが、大人たちと一緒になって、「小日本!シャービー!!」と叫んでいたのだから。

日本は、何としてでも勝たなければならなかった。中国は、日本と、そしてサッカーを侮辱したのだ。
しかし、私たちが気を揉むまでもなく、あっさり勝負は決まった。サッカーの神様は、サッカーを愛さない者には決して微笑まない。試合は、結果、内容ともに日本の圧勝だった。
日本が取った3得点のうち、2点目はハンドだと言われているが、あの得点が認められなかったとしても、中国は日本に勝つことは出来なかっただろう。
中国は肝心なセットプレーで怖さを感じさせず、得点源となるハオハイドンへはまったくボールが渡らない。
あとでテレビのニュースで見たのだが、ハオ社長の真っ青な顔色に驚いた。足のケガ、頭のケガで、実際はもう限界に来ていたのかもしれない。
後半、ハオ社長が得点力のない李毅と交代したとき、これで日本は勝ったと思った。
日本は、守備については加地のプレーがヒヤヒヤものだったが、それでも中国からこれ以上得点を奪われるとは思えなかった。中国の決定的なチャンスも、中沢や川口がよく潰していった。
2点目は、スタンドからは、ハンドなのかよく見えなかったこともあり、周りの中国人は一気に静まり返り、3点目が入ると、彼らはゾロゾロ帰り始めた。
試合終了の笛が鳴った。

「ざまあみろ」
最初に心によぎった正直な気持ちだ。
しかし、心からの喜びも感動もなく、この気持ちはすぐにどうしようもない空しさに変わった。
W杯予選で、中国がクエートや香港に勝ったとき、どれだけうれしく思ったことだろう。
それが、こんなつまらないことで、ここまで後味の悪い思いを抱くことになるとは。

サッカーを見るなら「好き」「嫌い」「おもしろい」「おもしろくない」、これくらいの感情だけで十分だと思う。
たとえクソ試合であっても、好きなチームの試合を見て手に汗握ったり、勝利に感動したりする。
それがサッカーを愛するということでもあり、サッカーファンとしての喜びではないのか。
相手チームを口汚く罵り、試合が終わる前に帰っていった中国人は、いったいここへ何しに来たのだろう。

携帯が鳴っているのがわかったが、まだ出ることはできなかった。
周囲にはまだ中国人がいて、日本語で話すことが危険だと感じたからだ。
表彰式に残っていた中国人はほとんどいなかったが、最後の最後まで、日本へのブーイングや野次は止まなかった。
表彰台に立った日本代表に、さかんに罵声が飛んだ。

表彰式が終わった後、日本サポーターのほうへ移動してみた。周囲は警察が固めていて、「日本人だ」と言っても通してくれない。ためしにパスポートを見せたところ、やっと入ることが出来た。
ところがどっこい、それで喜んでばかりもいられなかった。
警察官に周囲を固められたまま、日本のサポーターは、その後2時間以上もスタンドで軟禁状態となった。
「しまった。すぐ帰ればよかった・・・」と思ったが後の祭りだ。
外で中国人が暴れてるらしい。車両もひっくり返してるらしい。というウワサばかりが飛び交うのだが、いつになったら帰れるのか、さっぱりわからない。
ここにいた日本サポーターと話をしてみると、観戦した場所が異なることもあって、試合の感想に多少違いがあることに気がついた。
この中で、報道関係者らしき人と話をしたのだが、彼が「ここにいると中国人のブーイングが聞こえない。君が代にブーイングしてたかどうかわからない」と言っていたのには驚いた。わからないなら、ちょっと行って見てくればいいじゃないかと思うのだが。たとえ中国サポのど真ん中に入っても、よっぽど挙動不審な行動を取らない限り、日本人だとバレることはなかったと思う。日本の報道で目立つのは、自分たちは安全なところにいて、きれい事を書き散らかしたり、わかったようなことを書いて勝手に結論付けてしまうところだ。だけどそれでは情報操作につながる可能性があるし、もっと事実を伝える努力をしてほしいと思う。

12時をまわり、ようやくバスの準備が整った。疲れきったサポーターは次々とバスへ乗り込み、建国門という地下鉄の駅などで降ろされた。
スタジアムを出るとき、日本代表のバスが止まっているのが見えた。彼らもまだ帰っていなかったのか。
サポーターの暴動などは収束していたようだったが、道路に警官が5メートルおきくらいに立っている光景は、かなり壮観ではあった。
タクシーをひろってホテルに着いたときは、1時を過ぎていた。
こうして、すっきりしない不愉快な気持ちのまま、長い1日は終わった。

8日朝、試合直後に電話をくれたKさんに連絡してみた。
Kさんは少し興奮した声で、「ざまあみろだ!ざまあみろだよ!」と言った。
ああ、この人までこんなことを言うのか。
Kさんは物心ついたときからサッカー漬けの日々を送ってきた人で、現在は地元のサッカー協会の理事を務めている。ヨーロッパだけでなく、南米、アジアのサッカーにも詳しい。その記憶力は驚くべきものがあって、観戦した試合の内容をほぼ正確に覚えている。ハオ社長についても、「92年広島大会のときからずっとファンだった。釜本よりもすごいと思うよオレは。」と言っていた。
サッカーを冷静に見る目を持っているし、02年日韓W杯の際、韓国戦のジャッジについても「あのくらいはしょうがねえだろ」とも言っていた。そんなKさんの口から飛び出した「ざまあみろ」という言葉。
彼は、最後に吐き捨てるようにこう言った。「日本と中国では、プロとアマくらいの差があったよ。基本技術、戦術、精神力。どれをとっても日本よりも劣っているのに、それを反日感情だけで勝とうなんて、世の中そんなに甘くねえんだよ。」
Kさんをはじめ、これまでも、中国のサッカーを正当に評価している人はいくらでもいたのだ。それなのに・・・。
中国サポーターは、日本サポーターの反感を買い、いったい何がしたかったのか。

この日、予定では、万里の長城に行ってみるつもりだった。しかし、足がますます痛くなり歩くのもおっくうで、おまけにカゼをひいてしまったようだ。観光にもいまいち身が入らないまま日が暮れてしまった。
夜には、中国のクラブチームの試合が行われ、テレビでも放送されていた。前日決勝に出場していた孫祥も、上海申花でプレーしていた。笑ったのは、スタンドが絶望的なほどガラガラだったことだ。あの”熱狂的な”サポーターは、どこへいってしまったのだろう。

9日、ようやく帰国の日を迎えた。
不愉快さと空しさに襲われただけの5日間だった。

無事に飛行機に乗ったところで、緊張の糸がプッツリ切れた。
トイレに立ったとたん、何か目の前が真っ暗になった。トイレの前まで行ったが、そのままぶっ倒れてしまった。「大丈夫ですか?!」とスチュワーデスさんに声を掛けられ、すぐに意識は戻ったが、頭がぼーっとしてすぐに立ち上がることが出来ない。「お客様の中で、お医者様はいらっしゃいませんか?!」という機内アナウンスがかすかに耳に入ってくる。ああ、よくテレビでよくやってるけど、本当に呼びかけるんだなあ。と回らない頭で思った。

アジアカップは、いったい何だったのか。
最後まで踏んだり蹴ったりの目に遭いながら、私はこの散々だった旅を終えた。

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